ロハス生活のススメ

2020年04月12日

久しぶりにパンのこと

このご時世、オンラインでの買い物が必要になってくるかなと思い…
長い間品切れのままにしていたオンラインショップをまた再開いたしました。

これはライ麦パンのクロックムッシュ
(アイデア・写真 Encounter Coffeeさん)

まずはライ麦パンをアップしています。
https://morigchowder.thebase.in/
画像が準備でき次第、商品を増やしていく予定です。

  



2020年04月11日

4月に入ってからの振り返り

4月に入ってからの振り返りです
(1年前に夫の闘病を振り返って書いた日記)

2019.4.2
桜の美しいこの季節、一年前は病院通いの日々でした。
春休み中の長男と共に、病院への道中、お父さんと桜を見たいねと毎日話していました。
食事は糖質制限をしていたので、病院食では食べられるものがほとんどなく、調理して持っていくのがとても大変でした。
近くの自然食品店やスーパーへ買いに走ったり、片道45分の家までを二往復する日もありました。
いつも私達が帰るときは駐車場まで降りて見送ってくれました。
その時に夫と長男との三人で見た青空、春の空気、山の上に見える桜、、まだ鮮明に思い出せます。

2019.4.2
主治医から厳しい話をされ、血の気が引き、胸がざわつき、涙が抑えきれませんでした。
同席していた長男はあまり意味も分かっていなかったようでキョトンとしていました。
夫の病気は一時良い兆しがあったときもありましたが、ほぼ毎回、増悪しているということを伝えられました。
今後、どんなことが予想されるか、ということも。
また同じように出血したらおそらく助からないとか、喀血したら窒息してしまうとか、呼吸が苦しくなってくるだろうとか。。
もし自分だったらパニックになるだろう状況でも夫は強かったです。

2019.4.6
肺炎はとりあえず落ち着き、、でも他にも色々と問題があったり、抗がん剤のこともまだ答えが出ぬままだったり。でもとにかく仕事を終えたいので退院を希望し、無事家に帰れました。
昨年の春は暖かく、桜も葉桜になりかけている状態だったけれど、家族で桜を見ることができました。
毎年撮ろうねと約束していた、庭の桜前での家族写真、、
よかった、桜がなんとか残ってる!間に合った!!と、、
でも、夫はカメラと三脚を庭に運んでは来たものの、疲れてしまってセットしきれずに撮ることができませんでした。
抱いていた三男を下において、なぜあの時夫を手伝わなかったのだろう。あの時のことを思い出すと切なくなります。

2019.4.9
体力低下と引かない痛み。
急遽病院へ、ということが度々起こるようになりました。
この時の診察で、やっと痛みが肋骨が折れていることによるものであることが分かりました。
(普通は折れないようなところだったのでこれまで見落とされていたようでした)
肋骨が極力動かないようにするサポーターをつけることと適切な薬(骨折の痛みに対するものをプラス)により、ようやく強い痛みがコントロールできるように。
この時期、薬代は週に1万円を超えていました。
麻薬系のお薬は非常に高額でした。
高額医療費はあとから返ってくる分もありますが、一旦支払わなければならず、、
しかしながら、じゃあ、薬はやめておくなんてことは絶対にできず、、
仕事は夫婦共々ほとんどできない状況だったので金銭的にも精神的にもとてもきつかったです。
急遽の診察で子どもたちを保育所や学童の終了時間までに迎えに行けないことも時々ありましたが、お友達や民生委員の方がフォローしてくれて(迎えに行って、私達の帰宅まで預かってくれて、時にはご飯まで食べさせてくれていたり)本当にありがたかったです。  



Posted by 森口智美 at 21:16Comments(0)闘病の追憶

2020年03月29日

癌センター受診

昨日と今日、1年ぶりに夫を思って泣きました。悲しいはずなんだけど涙が出ない。というか、悲しくない。。そんな状況だったのだけど、とあるお方とお話しするなかで、居て欲しいときに側にいてほしいと思うのはやっぱり彼なんだなー、かけがえのない人を亡くしたんだなーーと思うと泣けました。
悲しい気持ちは長くは続かないのだけど、泣けたことでホッとした自分もいます。

2年前の今日は日帰りで東京の国立ガンセンターへ、夫の検体を持って受診。
まさか鞄の中に夫の切り刻まれた肺が入っているなんて誰も予想しないだろうな、
外から見たら移動している人のひとりに見えるんだろうな、、
まさかこの数日で余命宣告された夫を持つ妻には見えないだろうな、、、 
ぐるぐるいろんな理不尽を抱えながら、ただひたすら暗い待ち合いで予約時間をかなりオーバーして待たされ、診察も当然話は弾まず、、

そして得られた結果は治療法なし。延命のみ。
やりたければ抗がん剤を。効かないと思うけどーみたいな内容。

この時夫は肺炎で入院中。
まだ0才乳飲み子だった三男、いやいや真っ盛り次男、不安いっぱい長男をフォローしつつ毎日の見舞いと夫の食事の準備(食事療法を開始していて病院食ほとんど食べず)。
疲労困憊だったけど、アドレナリンが出まくっていたのでなんとか持ちこたえていました。

移住だとこういうときにとても大変。緊急なときは民意委員さんやお友だちに頼ったけど、日常的に継続したフォローがあれば、、きっと身体的にというよりも、精神的にとても救われていたと思う。

いつかそんな情況を察したら私はきっとじっとしていられないだろうな。あのときの自分はあまりにも辛かったから。。

#夫の闘病の追憶  



Posted by 森口智美 at 23:45Comments(0)夫の病気闘病の追憶

2020年03月21日

闘病の始まり

※2年前のことを振り返って書いています※

夫の肺動脈破裂(2月中旬に突然の肺からの出血がありました)は悪性腫瘍が原因だったことが数日前に判明。今後、闘病が続くことを受け、もう少し先で保育所に入所する予定だった三男(当時11ヶ月)は4月からの入所に前倒すことになり、離乳食を慌てて始めるなど、準備を整え始めていました。

この時点でまだ余命宣告はされず。

しかしながら私に直接病院から連絡があり、かなり珍しい症例であること、病気の進行が早く、今後のことを早急に話さなければならないことを伝えられ…
予後についても、電話で話すのは難しいと厳しい見通しを伝えられました。

悪性腫瘍という診断に心がざわつきながらもふたりで前を向いてやっていこうと思っていた矢先、厳しい現実を予感させる医師のことば。

この電話の最中、夫は和歌山の実家への道を運転中。後部座席で夫に涙と震えを悟られないようにひたすら耐えた。お母さん大丈夫?と察した長男を思わず抱き締めました。

この時から、なんとも言えないざわつきと不安と恐怖を抱えながら、でも、それらは表に出せず、日々の生活と夫の闘病をこなすことに。

当たり前に毎日朝が来て一日が始まって、世間はなにひとつ変わらない現実に、自分だけがどこかに取り残されたような強い孤独感を感じていました。  



Posted by 森口智美 at 23:24Comments(0)闘病の追憶

2020年02月24日

闘病の追憶を書いていこうと思います

2年前の今日、夫の肺動脈の中の肉腫が破裂しました。
そこから始まった闘病生活について、SNSに書いていたのですが、1年遅れではありますがこちらに掲載していこうと思います。
内容的には暗くなってしまいますが…私は夫と暮らしていた時以上に元気に明るく過ごしています。
あえてそうしようとしている時もありますが、今ある幸せを噛み締める生活ができています。
いつか、誰かの役に立てるかもしれない…と、思うこともありますのでお付き合いくださいませ。
時々はパンのことや生活のことも書けたらと思います。

〜2019.2.24 闘病の追憶〜(そのままコピペしています)
昨日は夫の6回目の月命日でした。
そしてちょうど一年前は夫の病気が爆発した日(肺からの突然の大出血…)。
去年の今頃は…といつも、今と過去を比較する日々。これからの比較はちょっと辛くなるな。。考えなくてもいいことを考えたりします。
といっても、私は(子どもたちも)すごく元気なんですけど。

先日は夫が発病から最後の入院までお世話になった病院での振り返りの会に参加してきました。
病気の発覚から治療法の選択、生活、入院時のこと、退院してからのこと、看取って今思うことなど、、たくさんのことをお話しさせてもらって…自分の気持も少し整理できつつあるのかなと思いました。
(病院へ行くことが想像していたよりも平気だったことは
自分でも意外でした。病院のスタッフの皆さんとお会いすることがとても嬉しいことも)

たくさんの方に気にかけていただき、そして、たくさんのご支援をいただいたことを、夫の記録を残すことでお礼のひとつとしたいなと思っていました。
もう少し整理できたら少しずつでも記録していきたいなと思います。  



Posted by 森口智美 at 22:33Comments(0)ご挨拶夫の病気闘病の追憶

2019年11月30日

ご無沙汰していました

久しぶりにログインしました。
全く更新していなかったのにも関わらず、アクセスしてくださっている方が少なからずいらっしゃるのを知り、感謝の気持ちでいっぱいです。

夫が亡くなってから、どのように生活するのか、行きていくのか…

大阪へ帰って来てはと身内から言われることもありましたが、
母子4人、徳島の神山に残り、生活することを決めました。

仕事は、夫とともにやっていたことであり、また、私の大好きなことであるパン屋を続けることに。
これだけで子供3人養っていけるのかとよく聞かれますが、私もよくわかりません。
ただ、いつ何があって、いつ終わってしまうか分からない人生、やりたいことが貫けたら…
という想いで日々生きています。

夫が亡くなったことで諦めていたフラメンコもちょっとしたきっかけがあり再開することができ…
思っていた以上に前向きに、そして、やりたいことを追求できている日々です。

↑心機一転、髪の毛もバッサリ切りました!(35センチほどの髪の毛はドネーションへ)

色んなことを経験した今、色んな考え方や見方ができるようになったような気もします。
私にしか伝えられないことは少なからずあるかもしれません。
少しずつでも発信できたらと思っています。  



Posted by 森口智美 at 16:34Comments(2)ご挨拶

2019年02月24日

6回目の月命日でした

昨日は夫の6回目の月命日でした。
そしてちょうど一年前は夫の病気が爆発した日(肺からの突然の大出血…)。
去年の今頃は…といつも、今と過去を比較する日々。これからの比較はちょっと辛くなるな。。考えなくてもいいことを考えたりします。
といっても、私は(子どもたちも)すごく元気なんですけど。

先日は夫が発病から最後の入院までお世話になった病院での振り返りの会に参加してきました。
病気の発覚から治療法の選択、生活、入院時のこと、退院してからのこと、看取って今思うことなど、、たくさんのことをお話しさせてもらって…自分の気持も少し整理できつつあるのかなと思いました。
(病院へ行くことが想像していたよりも平気だったことは
自分でも意外でした。病院のスタッフの皆さんとお会いすることがとても嬉しいことも)

たくさんの方に気にかけていただき、そして、たくさんのご支援をいただいたことを、夫の記録を残すことでお礼のひとつとしたいなと思っていました。
もう少し整理できたら少しずつでも記録していきたいなと思います。

  



Posted by 森口智美 at 21:00Comments(0)暮らし夫の病気

2018年09月24日

月命日でした

23日は月命日でした。夫の亡くなった22時台は胸が締め付けられます…。
22日には35日法要を済ませました。もう忌明け…。心は立ち止まったままなのに、容赦なく時は過ぎていきます。

寂しさも悲しみもまだまだ瘉えず、手続き関係が落ち着きつつある今、より深く喪失感を感じています。

ご支援への御礼や現状などをお伝えしないとと思いつつ…
まだまだ混乱の中に居り、うまく文章にできないのでまずはこちらにて忌明けのご報告をさせていただきます。  



Posted by 森口智美 at 00:50Comments(4)ご挨拶夫の病気

2018年08月24日

お知らせ

8月23日、家族が見守る中、夫が旅立ちました。

以下の通りにお別れをすることになりました。

会場 ベルベ玉鳳院(徳島県名西郡石井町石井字石井505-13)

通夜式 8月25日(土)
受付 18:30
通夜式 19:00

告別式 8月26日(日)
受付 9:00
告別式 10:00開式 11:00出棺

  



Posted by 森口智美 at 23:18Comments(0)ご挨拶夫の病気

2018年08月20日

家族全員揃っての生活を再開しました

8月10日に病院を退院し…
家での生活を再開させることができました。

脳転移の進行がとても早く、それを少しでも抑えるために放射線治療をしてきましたが…
全身状態の低迷により、途中で打ち切ることになりました。

もう治療が終わったんだよと伝えると
「じゃ、帰ろうか」と夫。


治療を終了することが決まって翌日には退院を表明。
翌々日には退院という超スピード対応が可能だったのは…

家を片付けてくれたお友達(神山のお友達だけでなく、大阪からも泊まりでかけつけてくれました)、エアマットなど必要なものをすぐに揃えてくださったケアマネさん、在宅診療を受けるための手配を急いでくれた病院の職員さん方、在宅診療をお盆前という多忙な時期に引き受けてくださった先生方、家についた時に移乗を手伝ってくれたお友達、そして家族や親族の同意と協力…そして何よりも心強かったのは大阪から看護師の友人がかけつけてくれたこと(10〜17日まで滞在して協力してくれました)。

長距離移動すること事態がリスクであると言われていたのにもかかわらず、夫はまったく問題なく、むしろぐっすり眠って快適に移動してこれました。


帰宅してから、夫の眼力は強くなったように感じます。
また、病院食と違って食べ慣れたものを食べることができるので食事量がとても増えました。

また、治療も諦めてはおらず、鳥取のよろずクリニックさんのご協力でコロイドヨード療法を始めました。
加えて、丸山ワクチン、ホルミシス療法(ラドンミスト吸入)や三井温熱療法も続けています。



さて先日は私たちの住む下分地区の夏まつりがありました。
子どもたちは義両親と共にお祭りへ。
「いってきまーす!」の元気な声に
「じゃ、行こか」と夫。

今の夫は左半身が完全に麻痺し、右半身は手足をおおまかに動かせる程度。立位はもちろん座位も寝返りも自力では難しい状況です。
「来年は絶対に行こうね」
そう伝えながらも…どうにかならないかなと訪問看護の看護師さんに相談してみました。
「お祭りに行きたいと言うのですが、行けますかね…」
そして返ってきたお返事は
「行けるかどうかじゃなくて、行きましょう!」

1時間後には看護師さん2名といつものドクターがリクライニング車椅子と共に駆けつけてくれました。
ベッド⇔車椅子の移乗には民生員さんにもご協力いただき、花火を家族で見ることができました。

ささやかだけれど大きな願い…叶えてもらえたことに感動しました。
夫はもちろん、子どもたちもとても喜んでいました。

たくさんの方々のおかげで今を最高の状態で過ごすことができています。
本当にありがとうございます。  



Posted by 森口智美 at 21:45Comments(0)夫の病気